今日が入学式だと思って知らず知らず緊張したのか、明け方まで眠れなかった。その反動が来たらしい。大学行きのバスの心地好い振動が眠りを誘う。終点までだから少しぐらいは寝てもいいだろう、そう思ってみると今度は眠れなくなる。意識が高揚していて、睡眠とか眠りとかいう言葉が強迫観念のように頭の中をひたすら巡る。それがふと途切れて…
「二中前」という車内放送の声がしたのをぼんやりと聞く。あとどのくらいあるのだか、バスには入試の時に乗ったきりだからはっきりと思い出せなかった。東野と西野という停留所があったような気がするが、それは通り過ぎたのか、それともまだなのか、いや、間という可能性もある。二中前では誰も乗り降りしなかったらしく次の放送が…
不意に肩を軽く叩かれた。叩かれた、というより触れられたと表現した方がいいような感触があって、はっと顔を上げる。
「つきましたよ」
見ず知らずのスーツを着た女の人が、立っていた。慌てて鞄を持ち上げて立ち上がろうとすると、女の人は自分の用は済んだとばかりにステップの向こうに降りていった。跡を追うように降りるとき、車内に残っていたのは運転手だけだった。
バスから降りて前方の道を見る。綺麗な桜並木の向こうに教会が見える。さっきの人にお礼を言おうと思ったけど、似たようなスーツの人ばかりで、見分けられなかった。仕方なく、入学式をする教会堂に向かう人のあとに続いて歩く。教会堂の入口で、名簿をもらって中に入り、指定された席に座る。大きなパイプオルガンに高い天井。椅子の背には聖書が入っている。自分がキリスト教系の大学に入ったということがいまさらながら思い出される。隣に人の来る気配があった。軽い驚きの声が聞こえ、振り返れば先刻の人。慌てて立ち上がり、謝意を伝える。
「いえ、べつにお礼なんて」
言葉が全部ひらがなで聞こえて来るような、不思議な透明感を持った声。それに席が隣ってことは…席順がアルファベット順だったことを思い出し、慌てて名簿を見る。
「私は仲村たまきです。よろしく」
「僕も中村です。中村一です。こちらこそよろしく」
全てがそこから始まった。